新子安より

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私とサガフロンティア2 その1

※何か寄稿を依頼されたときのストックシリーズ

 

「完熟卵が倒せないんだよな」

大学の食堂で隣のテーブルから聞こえてきたのは、明らかに食べ物の話題ではなかった。なぜなら、完熟卵とは、知る人の間では「死ぬほど茹でた卵」ではなく「サガフロンティア2のラスボスであるエッグの完全体」でしかないからだ。事実、となりのテーブルの彼らは「いかにも」な見た目をしており、今すぐこの身を乗り出して会話に参加したかったのだが、その頃私は髪を茶色にしてパーマをかけ、全身きれいめカジュアルで「バンアパがやべえっすわ」などとほざいていたお兄ちゃんだったために、我慢せざるを得なかった。

サガフロンティア2。スクウェアが開発したレガシー、通称「サガシリーズ」の続編だ。ゲームボーイから始まり、スーパーファミコンロマンシングサガ三部作を経て、プレイステーションサガフロンティアは2まで発売されている。私がプレイステーションを買ってもらったときに一緒に購入したのが、このサガフロンティア(1)だった。当時9歳だった私にはゲームシステムが難解であり、朱雀の山でボッコボコにされるわ詰むわでやめてしまった。

続編のサガフロンティア2は、私が小学6年生のとき発売された。朱雀のトラウマがあった私は購入を見送り、テリーのワンダーランドに傾倒していたため、初プレイは中学3年生のときだった。

友人や先輩からは「ラスボスが強い」と聞かされていたが、そんなことは忘れて何の気なしにホイホイと進めていった。ギュスターヴ編がかっこいい!と思ったので進めていったらサウスマウンドトップの戦いとかいうので銀色の軍隊にボコボコにされた。次にウィル編。ストーリーがわかんねえ。エーデルリッターのシナリオでグリフォンにボコられて死んだ。なんとかやり直すも、ラストダンジョンでボコボコにされてラスボスにもなんかボコボコにされた。なんか覚えてないけどこの頃女の子にもフラれた気がする。

高校に入り、部活やら大学受験やらでゲームとは距離を置くことになる。単純にやる時間がなかったのもあるが、まずプレイステーションを出すのがめんどくさい。毎回しまうのもめんどくさい。起動を待つのもめんどくさい。そんな理由だった。

そして冒頭に戻るが、文系の大学生として暇を極めていた私は時間が有り余っていた。しかし、上記の理由からプレイステーションの出し入れがめんどくさかった私はここで運命の出会いを果たすことになる。夢の携帯機、プレイステーションポータブル(PSP)の出現だ。聞いたところによるとゲームアーカイブスといって、懐かしのゲームがなんやかや金払えば遊べるらしい。食堂にいた彼らもきっとこれをやっているのだ。私はすぐさまゲームアーカイブスサガフロンティア2を購入した。

これは、中学生の私が負けた敵へのリベンジだ。あのとき15歳、こちとらもう大人である。対策を怠ってはいけない。私は攻略サイトを念入りに読み込んだ。まずウィル編から始めて、最初のシナリオ(ウィルの旅立ち)でハンの廃墟というダンジョンにこもってひたすら能力を上げたりアイテムを回収すると良いらしい。必要な技や術と、揃えたいアイテムをメモした。

攻略サイトを見ているうちになんとなくmixiを開いたら、こっぴどくフラれた女のページを見つけてしまった。ドギマギしながらも見てみると、なんか男とのプリクラとかサークル旅行の写真を載せていてクソテンション下がった。こいつは毎日男とよろしくやってんのに俺は廃墟にこもって青スケルトンやらランドアーチンやらとよろしくやらなくてはならないのだ。なお、海に行った際の水着の写真もあったのでとりあえず保存だけして、抜かりなく足あとは消しておいた。

これでもう俺に未練はない。俗世との関わりを断ち切ることでさらなる高みへと向かうことを誓う。青スケルトンの逆十字で沈み、ゴーストに即死攻撃を食らい、全く技を閃かない時間帯も耐え続けた。ウィルに野盗と間違えられたタイラーさん、絶対根に持ってたと思うし、ウィルとコーディー絶対イチャイチャしてたと思うけど、俺は「ゲームのことですからね」と割り切りひたすら廃墟に篭った。

目標のステータスや技と術、アイテムを揃えたところで、プレイ時間は12時間ほど経過していた。青スケルトンやゴーストはもはや小指で倒せるほどになっていた。ウィルとコーディーもさすがにもう倦怠期だろうし、タイラーさんはそれでも根に持っているだろう。

しかし後悔はない。この12時間をもって初めて「ウィルの旅立ち」と言えるのだ。

 

続く

勇者推し 第三話

「いいと思います。真面目そうですし、素質もあるでしょう。私が偉そうに言うのも変ですが」

「いや、十分だよ。怪しまれないようにしたつもりだが、ガッツリ警戒されてしまったね」

「そうでしょうね。私のときを思い出しました」

 

私、勇者は今日で16歳の誕生日を迎えた。自分の誕生日がここまで国中で騒がれるのも本当に妙だ。テレビに映る「勇者様」が、今こうして普通の格好をしている私と同一人物であることが、どうしても不自然に思える。勇者様、勇者様…「様」というのもおかしい話だ。同じ人間なのに。

勇者になる前、私は、どこにでもいる普通の女の子、ではなかった。背が高く、母親ゆずりの体型をしていたから、学校では必要以上に目立った。体を動かすことが好きで、たいていのスポーツはできたし、勉強も好きで成績優秀なほうだった。友人にも恵まれ、これといった嫌がらせにあったこともなければ、周りと衝突したこともなかった。

とある競技の帝都代表として全国大会に出場したとき、テレビや雑誌の取材を受けたことがあった。今思えば、これがすべての始まりだった。いわゆる「バズる」というやつで、どこかはともなく作られた私が一人歩きして、全国に拡散し始めた。

 

「大変だったね。ところで、勇者やらない?」

 

連日のマスコミ対応、心ない噂話、慣れない環境下で大会の成績は散々だった。そんな私を、メディアは好き勝手持ち上げた挙句、結果を出せないからとこき下ろした。期待を裏切った、外見とスタイルだけ、華がない…

 

「勇者になってもらえれば、君を今の環境から自由にできる。約束する」

 

勇者。勇者って何をするんだろう。この日常から解放されるなら、私はなんだってできるんじゃないか。でも、私が勇者。なんだかおかしくなってきた。

 

「勇者って、楽しいですか」

 

我ながら、よくわからない質問をしたなと思う。小さな子どもが新しい遊びを見たときに言うそれと同じだった。そう、これは、ごっこ遊びだった。勇者ごっこをしてみないか、と誘われている。

 

「最初は大変かもしれないけど、週2からでもできるよ」

 

いよいよ私は笑ってしまった。バイト感覚の、ごっこ遊びの勇者か。嫌だったら辞めればいいしな、そんなことを考えながら、気づけば私は勇者になることを承諾していた。

なんとなく当時のことを思い出していると、ベッドからごそごそと音が聞こえてきた。

 

「あの、私…ごめんなさい。匂いが…じゃなくて、記憶がちょっと…ここは…?」

 

「ここは私の部屋。君が急に気を失ってしまったから、ひとまず寝かせるために連れてきた」

 

「あっ、あの、ありがとうございます、ごめんなさい」

 

「大変だったね。ところで、賢者やらない?」

 

続けます。

勇者推し 第二話

状況を整理しようと思う。

【パターンA】

私はどこにでもいる16歳の女子高生。道を歩いてたら偶然、ギョーカイっぽい人から賢者にスカウトされてビックリ!私の高校生活、どうなっちゃうの〜!?

 

【パターンB】

「魔」が足りない…。私は知っていた。自分が特別な「能力者」であることを。生まれたときから、人には見えないチカラがあって、私はそれをひとりで隠してきた。まさかこれが、「賢者の力」だったなんて……

 

【パターンC】

オッス!オラJK!休みの日に外歩いてたら裏通りでヤベエ変質者に会っちまった!これは逃げねえとやべえぞ〜

 

これは、Cだ。

残念ながら私は少女マンガの主人公でもなければ厨二病患者でもない。かといって脳筋バトル漫画の主人公かと言われるとそうではないのだが、思いついた選択肢がご覧の有り様だったので仕方がない。

花の女子高生ともあれば変質者の一人や二人経験しているものだ。かわいい子はかわいいだけあって、「不幸」という性質が付きまとう。神様ナイス、ありがとう世の中を平等にしてくれて。私には関係ないと思ってたけど、今日まさかの出来事があったよ。でも私知らなかった。ただ怖いわ。かわいいとか関係ないわ。みんな今までごめん。とりあえず、この場は一目散に逃げなくては。

「あの、違います!」

逆方向に身体を返し、歩いて来た方向に走り出す。我ながら完璧なフォームとスタートだった。よし、と思ったその瞬間、目の前に人影を認識する。

まずい。ぶつかる。

その刹那だった。

経験したことのない良い匂い。ふわっ、と音が聞こえた気がした。というか、いまぶつからなかった?ぶつかって…ない?

「大丈夫?」

その人影から声がした。全速力で走った私の身体は、いとも簡単に、その声を発したやわらかな身体に受け止められた。あたかもその場所に行くのが最初から決められていたかのように、私はその両腕におとなしく収まった。

「あ、ありがとう…ございます」

謝るより先にお礼を言ってしまった。様々な言葉が逡巡する。街中で私は、いったい何を。ところでこの人は誰なんだろう?疑問が頭を埋め尽くす。いや、本当は良い匂いとやわらかさのことでしかなかったけど。

「その子!その子だから、そのままにしといて」

先ほどの変質者が近づきながら叫んだ。誰に言ってるんだ?変質者と、この二次元みたいな人が知り合いということなのか。あと、その子って私か。「その子」って名前みたいだな。嫌だなあ、その子は…

「この子が?わかりました。君、ちょっとごめんね」

「あ、はい」

先ほどフレームに収まったと思っていた身体は、すこしだけ強い力で固定された。これはこれで、悪くない。顔を見ると、恐ろしく美しく、繊細な細工が施されていた。しばらくこのままでもいいかもしれない。

じゃない。冷静になれ。先ほどの会話を聞いただろう。変質者の仲間だとすると、この場は危険だ。逃げなくては。

「ちょっとだけ話、聞いてもらえるかな?」

「はい」

自分が、自分が情けない。なんで単純なんだ。美しいものに弱い。昔からそうだ。叔母は、たびたび素敵な洋服やアクセサリーを買ってきては、私のことを懐柔しようとした。私はどうしても叔母のことが好きになれないけれど、その意図通りに素直な子どもでい続けた。

「君は、……ってどう思う?」

長いまつ毛。きれいな手。声もいい。

「実は、………がやめることになって」

いい匂い。髪もきれい。私も、こういう髪が良かった。

「新しい……を探しているんだけど」

身長はどのくらいなんだろう。私より10センチぐらい高いなあ。顔小さいなあ。モデルさんかな?何をしてる人なんだろう。

「君さえ良ければ……に……」

この匂い。香水のような、花のかおりのような、自然で飾らない良い匂い。あ、だめだ。私、落ちます。おつかれさまでした。

お父さん、こないだ録画消したの私なんだ。どうしても撮りたいドラマがあって。お母さん、こないだババロア食べたいって言ったとき、絶対ごまかしたよね。ババロア作るのそんなに嫌かな。そうかあ…

 

「それで、君にはまず…あれ?」

「あーあ、年頃の女の子はこうなっちゃうんだよなー」

「ごめんなさい。注意はしているつもりなのですが。距離の取り方を間違えてしまいました」

「で、勇者はその子、どう思った?」

 

続きます

勇者推し 第一話

今日は勇者様の生誕祭だ。

 

この国に、いや、この世界に平和をもたらすために日夜奮闘する勇者様。私と勇者様は同世代で、幼い頃から母に「あなたも勇者様みたいに」とか、「勇者様ならそんなこと言わない」と言われて育った。正直それが大変に苦痛で、「私世界救わないし」とか「そもそも会ったことないし」「剣よりもペン派だし」と思っていた。

勇者様というのはおとぎ話のようなもので、本当に存在するかは常々疑問だった。そもそも世界は平和だし、いわゆる魔王とか魔物も見たことがなければ、剣と魔法のファンタジーとかいうのもクラスの隅にいるオタクしか話題にしてなかった。護身用の剣みたいなのは父が前に「これがいいんだよ」とか言って近所のホームセンターで買っていたけど、私はやたらと厚みのある座椅子に夢中だったので、よく覚えていない。

ともかく、今日はそんな勇者様が16歳になるということで、朝から国じゅう大騒ぎだった。勇者様はいわゆる美少年で、熟年女性を中心に若い世代にも人気がある。中学から同じグループのレンちゃんも、生誕祭は朝から王都に行くと張り切っていた。レンちゃんのお母さんはかなりの「勇者推し」らしく、凱旋のたびに王都に足を運び、握手券目当てで大量の薬草を購入しているそうだ。テレビで見たことがあるが、握手券目当てで薬草を買う人が増え、本当に必要な人に薬草が行き渡らず社会問題になっているらしい。この国大丈夫か。

勇者様パーティーは他に、戦士様、僧侶様、魔道士様がいる。勇者様ほどではないにしろ、それぞれファン層が異なり、熱狂的な人気を集めている。顔的には魔道士様が好きだったし、レンちゃんによると「魔道士様は比較的握手券を狙いやすい」らしいのだけど、正直薬草の味は苦手だし、魔道士様はファンが熱狂な信者と化していると聞いてから怖くなってしまったので、ますます興味を持てなかった。それに、どちらかと言うと、大河ドラマの俳優さんとかを見ているほうが楽しい。

どの局も生誕祭のニュースしかやっていない(テレビ王都だけは子ども向けアニメ特番をやっていた)ので、仕方なく町に出ることにした。休日の町はいつもなら賑わっているが、王都に行っているのか比較的人出が少ない。これ幸い、と裏通りの人気の雑貨屋に向かっていると、フードを被った男性が話しかけてきた。

 

「君、賢者とか興味ない?一日5万でどう?」

 

やべえ。勇者様助けて。

 

続く