新子安より

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勇者推し 第一話

今日は勇者様の生誕祭だ。

 

この国に、いや、この世界に平和をもたらすために日夜奮闘する勇者様。私と勇者様は同世代で、幼い頃から母に「あなたも勇者様みたいに」とか、「勇者様ならそんなこと言わない」と言われて育った。正直それが大変に苦痛で、「私世界救わないし」とか「そもそも会ったことないし」「剣よりもペン派だし」と思っていた。

勇者様というのはおとぎ話のようなもので、本当に存在するかは常々疑問だった。そもそも世界は平和だし、いわゆる魔王とか魔物も見たことがなければ、剣と魔法のファンタジーとかいうのもクラスの隅にいるオタクしか話題にしてなかった。護身用の剣みたいなのは父が前に「これがいいんだよ」とか言って近所のホームセンターで買っていたけど、私はやたらと厚みのある座椅子に夢中だったので、よく覚えていない。

ともかく、今日はそんな勇者様が16歳になるということで、朝から国じゅう大騒ぎだった。勇者様はいわゆる美少年で、熟年女性を中心に若い世代にも人気がある。中学から同じグループのレンちゃんも、生誕祭は朝から王都に行くと張り切っていた。レンちゃんのお母さんはかなりの「勇者推し」らしく、凱旋のたびに王都に足を運び、握手券目当てで大量の薬草を購入しているそうだ。テレビで見たことがあるが、握手券目当てで薬草を買う人が増え、本当に必要な人に薬草が行き渡らず社会問題になっているらしい。この国大丈夫か。

勇者様パーティーは他に、戦士様、僧侶様、魔道士様がいる。勇者様ほどではないにしろ、それぞれファン層が異なり、熱狂的な人気を集めている。顔的には魔道士様が好きだったし、レンちゃんによると「魔道士様は比較的握手券を狙いやすい」らしいのだけど、正直薬草の味は苦手だし、魔道士様はファンが熱狂な信者と化していると聞いてから怖くなってしまったので、ますます興味を持てなかった。それに、どちらかと言うと、大河ドラマの俳優さんとかを見ているほうが楽しい。

どの局も生誕祭のニュースしかやっていない(テレビ王都だけは子ども向けアニメ特番をやっていた)ので、仕方なく町に出ることにした。休日の町はいつもなら賑わっているが、王都に行っているのか比較的人出が少ない。これ幸い、と裏通りの人気の雑貨屋に向かっていると、フードを被った男性が話しかけてきた。

 

「君、賢者とか興味ない?一日5万でどう?」

 

やべえ。勇者様助けて。

 

続く